未完の大器と蜜柑の大木

ベルは鳴らすまではベルではない。
歌は歌うまでは歌ではない。
そして心のなかの愛は、
そこにとどめておくためにあるのではない。
愛は与えてこそ、愛となるのだ
– オスカー・ハマースタイン –

”ベルではない”とか”歌ではない”というのは
その役割を果たしていないという事でしょうか?
だって、物としてのベルは存在しているし
作品として歌は出来上がっているのですから。

その続きでいうと
与える前にも愛は存在していたけど
そのままでは何の役にも立っていない?
そんなことは無いでしょう。
誰かの役には立っていなくても
自分は明らかに変化していますよね。
だから、役割を果たしていないというより
役割を全うしていないという事なのでしょう。
不完全という事ですね。

そう考えると
そこら中で不完全燃焼の
ぷすぷす燻っている音が聞こえてきます