帰り道の悶々

あなたに一つ警告がある。
「常に自分の価値観に沿った生き方をすべきだ」的な、
完全主義の罠にはまらないよう気をつけてほしい。
そんな必要はまったくない。
価値観とは、理想的な行動を表す言葉に過ぎず、
それに従って行動する必要はない。
それは個人の選択だ
– ラス・ハリス –

自分の価値観を、他人に押し付けるのは最低でしょう。
押し付けられた方も災難ですし、従いっぱなしではないから
自分にも不愉快な結末が待っています。

他人ではなく、自分に対して
例えばすごく疲れた帰り道、駅へ向かう途中
やり残しの仕事に気が付いてしまって、
心の声は「戻って片づけてしまうのがいい」と思いつつも
「誰も気が付かなければ明日でも大丈夫⁉」とかも聞こえてきて
さんざん悶々としたことは無いでしょうか?

私はしょっちゅうでした。

たいていの場合、最後には戻ることになって
悩んだ時間だけ損をしていましたから、
あるとき「思い出したら回れ右!」と決めてしまって、
少なくとも”悶々”だけはなくなりました。
気のせいか、やり残しも減った気がしてます。
想い出さないことに上達したわけではないでしょう、たぶん