道具に使われる猿

英語はお得意ですか?

日本人全般に
「読めるけど話せない」と
言われてますね。
「学校英語の弊害だ!」と。

確かにそういう面も
あるにはあるのでしょうが、
どうもそれだけでは
ないようです。

私も例に漏れず
英語の”解読”は出来ますが、
会話は不得意です。

ここで隠れている事実は、

まず読めるとは言っても
楽しみで読めるほど
読めてはいないということ。

はじめから好きな本なら、
例えば今、ハリーポッターを
英語で楽しんでますけど、
未知の本なら
日本語版を選ぶでしょう。

このことからも
「読めるけど」というのは
怪しくなってきましたね。

もうひとつ、
英語にかぎらず、実は日本語でも
会話は不得意だということ。

こちらの方を案外、
皆さん忘れてらっしゃる。

ふだんから世間話など
可能な限り避けたいクチなのに、
英語になったとたんに
世間話がスラスラなんて
あり得ないですね!

それが証拠に、
必要に迫られると案外
なんとかなります。

ドイツ語を英語で習いましたが、
ときに日本語の説明より
解りやすかったりしました。

日本語の用語って
無理やり漢語にしてあって
解りづらいですからね。

アウトプットの方だって
外国の方しかいないところでは
けっこう伝わるもんです。

これはとりもなおさず、
揚げ足取りの日本人がいると
まちがいを指摘されるのが
うっとうしいためですね(ーー;

ともあれ英語が目的でなく、
英語を手段としているときは
何とかなるもんです。

このことは英語以外にも
広く当てはまります。

スキルやツールなど、
何のために使うのかを忘れて
それに振り回されて
右往左往している人がいます。

手段や道具なのですから
それ自体を目的にしているのでは
本末転倒というべきです。

人の目を気にせず
便利のために使ってこそ
道具が活きてきます。

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